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Mathematicaによるκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2のバンド計算のファイル
(Last Update 2010/4/22)

ダウンロードできるノートブックファイル(kappa.nb)を2001年公開のMathematica 4用からMathmatica 7用に変更しました.

【κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2とは】
 κは有機伝導体の結晶構造を慣用的に分類したときのある型のことです.BEDT-TTFは硫黄を含む有機ドナー分子,bis (ethylenedithio) tetrathiafulvaleneの略称で,ETと略されることもあります.
 タイトルの物質は世界初の10 K級有機超伝導体で,低次元有機伝導体の中で最高の超伝導転移点を与える類似構造の物質群の代表的存在であることから,多数の研究者の注目を集めてきました.結晶構造の特徴は,BEDT-TTF分子が相互作用し合ってバンドを形成している伝導層と,無機アニオン,Cu(NCS)2-がポリマー的につながり合って形成する絶縁層がサンドイッチのように積み重なった層状構造をとることです.伝導層内で電気が良く流れるので擬二次元的な伝導体と呼ばれます.
 電気抵抗その他の物性が単純金属とは異なる振る舞いを見せるので,物性をより深く理解するために近年は第一原理バンド計算が行われることもありますが,一方で強結合近似 (tight-binding approximation) によるバンド計算の結果とShubnikov-de Haas効果などの実験結果との一致が比較的良いという報告もなされています.

【強結合近似によるバンド計算】
 強結合近似については固体物理の教科書を参照してください.有機伝導体に強結合近似を応用した例では,やはり

"Band-structure Parameters of Organic Conductors, TSeT2Cl, TTT2I3, and TSeT2SCN"
T. Mori, A. Kobayashi, Y. Sasaki and H. Kobayashi, Bull. Chem. Soc. Jpn., 56 (1983) 3376.

"The Intermolecular Interaction of Tetrathiafulvalene and Bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene in Organic Metals. Calculation of Orbital Overlaps and Models of Energy-band Structures"
T. Mori, A. Kobayashi, Y. Sasaki, H. Kobayashi, G. Saito, H. Inokuchi, Bull. Chem. Soc. Jpn., 57 (1984) 627.

が詳しいです.

【計算結果】
 上の図が強結合近似による計算結果です.ドナーとアニオンの組成比が2:1なので,ドナーの形式電荷は+0.5価です.これはバンドの3/4が電子で満たされることを意味しますので,このことからFermiエネルギーを計算し,そこでバンドを切ってあります.
 1990年当時M1だった私は手計算で頑張って解こうとして討ち死にしてしまったものですが,さすがはMathematica,計算間違いもなく完璧にやってくれました.学生の指導をする立場になりましたが,自分ができない課題を与えるのも気が引けますし,昔からの宿題を片づけたかったので,試しにやってみました.馴染みのない方にお断りしておきますが,この計算の手法そのものはただの人まねです.ただし,多くの場合バンド計算は数値的に行われ,ここでやったように解析的にやることはほとんどありません.

【参考文献】
 結晶構造については,

"Crystal Structures of Organic Superconductor, (BEDT-TTF)2Cu(NCS)2, at 298 K and 104 K"
H. Urayama, H. Yamochi, G. Saito, S. Sato, A. Kawamoto, J. Tanaka, T. Mori, Y. Maruyama and H. Inokuchi, Chem. Lett. (1988) 463.

を,バンド計算については,

"Shubnikov-de Haas Effect and the Fermi Surface in an Abmient-Pressure Organic Superconductor [bis(ethylenedithiolo)tetrathiafulvalene]2Cu(NCS)2"
K. Oshima, T. Mori, H. Inokuchi, H. Urayama, H. Yamochi and G. Saito, Phys. Rev. B38 (1988) 938.

"Similarities and Differences in the Structural and Electronic Properties of κ-Phase Orgaic Conducting and Superconducting Salts"
D. Jung, M. Evain, J. J. Nova, M.-H. Whangbo, M. A. Beno, A. M. Kini, A. J. Schultz, J. M. Williams and P. J. Nigrey, Inorg. Chem. 28 (1989) 4516.

をそれぞれ参考にさせていただきました.

【ダウンロード】
 Mathematicaを使っている人は興味があればやってみてください.

ここをクリックするとMathematica 7のノートブック(kappa.nb)ファイルがダウンロードできます.ファイルを軽くするために,出力セルを削除してあります.

 2001年に公開したMathematica 4を用いたオリジナルのノートブックをMathmatica 7用に改良しました.当時はPentiumII 266MHzマシンを使っていましたので,計算が終わるのを気長に待っていましたが,2010年現在,手元のCore i7-975マシンで実行すると67秒で終わります.なかなか快適になりましたが,もう少し速くなって6秒ぐらいで終わってほしいところです...

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