2015年12月3日更新

【教育】-【進学心得】


学部進学
大学院前期博士(修士)課程進学
大学院後期博士(博士)課程進学


学部進学


 この項目は高校生など学部進学を目指している人を想定して,独断と偏見に基づいて書いています.つまり,大学や学部・学科の公式見解ではなく,物理化学,特に固体の研究をしている私の偏った意見であることをお断りしておきます.

 さて,高校までの化学のイメージと,大学の講義で触れる化学は大分異なります.特に高校化学で「理論分野」といっている事柄は「物理化学」という分野に引き継がれますが,一部の優秀な人たちを除くと,格段に難しく感じると思います.
 どう難しいかというと,例えば原子構造1つをとっても,電子がK殻に2個,L殻に8個,M殻に18個...という殻模型ではなく,s軌道,p軌道,d軌道...という原子軌道(波動関数)が登場します.また,電子や陽子はマイナスやプラスの電荷を持っているだけでなく,スピンという磁石の性質も持っていることが,しばしば重要になります.このようなことは,量子力学や量子化学という分野で学びます.
 別の例を挙げると,相転移(高校では相変化という)や比熱(熱容量)など,多数の原子・分子の集合の振る舞いを理解するために,熱力学や統計力学の知識が必要になります.
 化学科ではこのような学問は物理化学にまとめられ,順番に,あるいは並行して勉強していきます.実は,お隣の物理学科では,量子力学や統計力学に進む前に,力学や解析力学,電磁気学など土台となる物理と,それらを理解するために必要な微積分・線形代数・ベクトル解析・複素解析...といった大学ならではの数学をもっと詳しく勉強します.しかし,化学科では有機化学や無機化学なども勉強しなければいけないので,土台の物理や数学の講義は1科目しか提供していません.数学科や物理学科が提供している講義を受講することはできますが,それらを理解するためには,高校で物理や数学をしっかりやっておく必要があるのは確かです.
 これも全く個人的な意見ですが,化学科の入試で物理を必修科目にしないことは間違っています.高校までの物理の知識がない人は,化学科の物理化学の講義を理解するのに大変な苦労を強いられます.このことに憤慨していた卒研生もいました.「入試は化学と生物の組合せでもいいですよ」と言われて入学してみたら,物理が必要な講義がたくさんあったわけですから,本人が「だまされた」と思ったとしても無理はありません.しかし,受験生が他大学に流れないために「入試で化学は必修,さらに物理か生物を選択」としている化学科は本学以外にも多数あります.「うっかり『化学と物理が必修』に舵を切って受験生が減ったらどうしよう」という状況なのだと思います.(しつこいですが,あくまで個人的な意見です.)
 また,化学はよく勉強したけど,自分がやりたかったことと,実際に化学科で提供している教育内容が合わないということもあるかもしれません.ということで,化学科を志望している方には以下のアドバイスをしたいと思います.

1) 高校で物理と数学をよく勉強すること.(化学と英語,日本語は当然として.)
2) 大学が公開している「
理学部シラバス」には大学の講義内容や教科書が掲載されています.有名な教科書は大きい書店に置いてあるので,早い時期に見てみよう.
 例 「アトキンス 物理化学(上・下)」(東京化学同人)

 なぜ化学科を志望するかは人それぞれでしょうし,「将来は医薬品の有機合成をしたいから量子化学はいりません」と考える人も多いと思いますが,物理化学の必修単位が取れずに留年したり退学したりするリスクがありますので,念のため.また,大学院入試には物理化学の試験ももれなくついてきます.化学科といえども数学や物理との付き合いが切れることはないでしょう.



大学院前期博士(修士)課程進学


 この部分は私の研究グループに参加を希望してくれる本学内外の学部生,特に3,4年生向けに書いています.心得を思いつくままに箇条書きしました.あくまでも個人的な意見ですが,何らかの参考になればよいと思います.

1) 自分が興味が持てる,ただし学会発表につながる研究テーマを考えよう.(学会発表しないと卒業できません.研究費・時間・私とも要相談.)
2) 日本語を磨くこと.日本語ネイティブは日本語スキルが思考のレベルに直結します.新聞を読む,日記を付ける,色々な分野の本を読む,漢字勉強をする等々,自分に合った方法でよいです.
3) 英語を磨くこと.あまり高望みはしません.Webサイトに書くのも恥ずかしいですが,せめて英検2級には合格しましょう.実験ノートを英語で書くのもよい練習になります.
4) PCでできることを増やそう.研究も会社の仕事もPCなしではできません.
例 ブラインドタッチ,オフィスソフト(ワープロ,表計算,プレゼンテーション)の習熟,PDFファイルの作成,メールソフトや転送の設定,文献等の検索技術,ネットワーク接続の仕組み,ネットワークプリンタの設定,セキュリティ対策(OSの更新,ウィルスと対策ソフトの仕組み,危険なサイトの理解),効率的なバックアップ,クラウドの利用...
5) 研究の幅を広げる技術を身につけよう.
例 プログラミング,電気・電子工作,英会話,PCの組み立てとOSのインストール,Webサイト作成,LaTeX,ガラス工作,機械工作(ボール盤,旋盤,フライス盤),銀ろう溶接,結晶成長...
6) 修士 = masterには「親方・達人」という意味もあります.親方は子分を指導できなければいけません.例えば,研究室では卒研生の面倒が見られる,会社では学部卒の後輩にいろいろと教えられる,というのが理想です.親方を目指す気概を持って欲しいと思います.




大学院後期博士(博士)課程進学


 博士課程進学希望者に対する私のアドバイスは「覚悟を決めて進学してください」です.
 現在の日本の状況で,普通の人が博士課程に進学するにはかなりの勇気がいると思います.常勤のアカデミックポストに就くことは年々難しくなっています.少子化のために,大学もポストも減ることはあっても増えることはないでしょう.日本は研究・教育に対する公的資金も国際基準に比べて低いので,ポストに就いても一部の人以外は研究を続けるのが大変です.それでも博士を目指すという,強い意志や自信がある人は立派だと思います.私もなるべく支援をしたいと思います.
 しかし,中途半端な学力と,モラトリアム気分で進学する人もまれではありません.本人が望んでも望まなくても,研究室においては博士課程の学生はお手本になるべき存在です.自分のことは棚に上げて勝手なことを言うようですが,以下のような人は進学するべきではないと考えます.修士課程を卒業したら就職して,もっと自分に合った生き方を見つける方がよいでしょう.

1) 学問について語れない.後輩に教えることよりも,教えてもらうことの方が多い.
2) 論文にできるような研究テーマを自分では思いつかない.しかし,指導教員と相談して決めたテーマもいや.
3) 英語ができない.中学レベルの文法をしばしば間違えるので,学術論文を書くときにとても困る.

 「仮にも博士を目指す人に言うことか?」という内容ですが,全て実体験や他の研究室の実例に基づいています.私も含めて一般には「博士=天才・超人」,という訳ではさらさらありませんが,研究のプロとして世の中に認めてもらうための水準にというものはあると思います.この項目はネガティブな内容になってしまいましたが,逆にその水準を目指す準備ができている人には,是非進学を検討していただけたら幸いです.