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2014年1月6日更新


【研究】-【有機伝導体】


 有機物は主に炭素や水素でできた物質で,さらに酸素や窒素などのヘテロ原子を含むこともあります.生体を構成する糖やアミノ酸,燃料として使われるメタンやプロバンといった分子量の小さいものから,プラスチックとしてよく使われるポリエチレンやポリエチレンテレフタラート(PET)など何千,何万もの炭素原子が結合して形成する高分子まで,私たちの生活に深く関わっています.

 有機化合物は何千万種類も知られていますが,そのほとんどは電気を通さない絶縁体です.しかし,ポリアセチレンなどの高分子にヨウ素をドープしたり,硫黄やセレンといった大きいヘテロ原子を含むπ共役低分子化合物の結晶を作成することで,高い電気伝導度を持つ有機物が合成されるようになりました.これが有機伝導体です.私たちのグループでは,有機伝導体結晶の相転移や輸送現象(電気抵抗,熱電能,熱伝導度など)を研究しています.

 よく知られた有機伝導体に,TTF-TCNQ (TTF = テトラチアフルバレン, TCNQ = テトラシアノキノジメタン)があります.この物質は,TTFという有機ドナー分子とTCNQという有機アクセプター分子が1:1の組成比で塩となったものです.下図に示すようにいずれの分子も平面性が高く,分子面に垂直な方向にπ電子が張り出した構造をしています.

TTF

TCNQ


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 有機溶媒中でこれらの分子を混合すると,TTF分子からTCNQ分子に電子が移動して黒色の電荷移動錯塩が形成されます.これがTTF-TCNQです.下図にその構造を示します [1].結晶中では平面状のTTFとTCNQがそれぞれb軸方向に積み重なって,柱(カラム)状構造を形成しています.このとき隣り合うTTF分子のHOMO同士およびTCNQ分子のLUMO同士が重なり合うことで,それぞれエネルギー・バンドを形成します.また,TTFからTCNQへの電荷移動があるため,これらのバンドは途中まで電子が詰まった状態になります.このようなバンドを持つ物質は,電気的な性質が「金属的」になることが知られています.実際にTTF-TCNQは室温以下では電気抵抗が温度の低下とともに減少する金属的な挙動を示します [2,3].

TTF-TCNQの結晶構造 [1].


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 有機物から「金属」ができると言われると,とても不思議ですが,有機伝導体にはもっと不思議なことがたくさんあります.例えばこのTTF-TCNQは低温(53 K)にすると,金属から絶縁体に相転移を起こします.この絶縁化はパイエルス転移として知られています.さらに,(TMTSF)2ClO4など一部の有機伝導体は1 K(ケルビン)程度の低温で超伝導転移を起こします.超伝導とは物質の電気抵抗がゼロになり,外部からかけた磁場が物質の内部に侵入できなくなる(マイスナー効果)現象です.超伝導を示す有機伝導体を有機超伝導体と呼びます.有機超伝導体を構成する分子として最も有名なのがTMTSF(テトラセレナフルバレン)とBEDT-TTF(ビス(エチレンジチオ)テトラチアフルバレン)です.いずれもTTF同様,電子供与性のドナー分子です.有機超伝導体の多くはこれらのドナー分子と1価の無機陰イオンが2:1の組成で塩となったラジカル塩です.これに対してTTF-TCNQはTTFからTCNQに電子が移動して塩を作るので,電荷移動錯体もしくは電荷移動錯塩と呼んで区別します.

 有機伝導体は,ドナーやアクセプターが有機分子なので,炭素骨格を様々に変化させたりヘテロ原子を置換したりすることができます.また,電荷移動錯塩やラジカル塩を形成する対になる無機イオンとの組み合わせによっても物性が変化します.このようにして,合成化学者によって多様な分子が開発されてきました.有機伝導体の物性を理解するには,構造解析,電気抵抗,熱電能などの電気物性,磁化率などの磁性,反射スペクトル,光電効果,磁気共鳴などの分光学的測定を,温度,圧力,磁場などの外部の条件を変えて測定する必要があります.また,これらの測定を通じて新たな物性を引き出すこともできます.これが物理化学や固体物理の分野にいる物性測定研究者の役割です.

TMTSF

BEDT-TTF


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 世界最初の有機超伝導体はBechgaardらによって報告された(TMTSF)2PF6です.0.65 GPa(=6500気圧,GPa=ギガパスカル)という高圧下,約1 K(絶対温度1度,K=ケルビン)という低温で超伝導になることがわかりました[4,5].その後(TMTSF)2ClO4が加圧をしなくても超伝導を示すことが報告されました[6].すなわち,世界初の常圧有機超伝導体です.(TMTSF)2PF6の類似物質で,よく似た結晶構造と物性を示す(TMTSF)2AsF6の結晶構造を以下に示します.

(TMTSF)2AsF6の結晶構造 [7].


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 a軸方向にはTMTSF分子が積み重なって,カラム(柱の意味)を形成しています.カラム内でTMTSFのHOMO(最高被占有分子軌道)が重なり合うことで,伝導バンドが形成されます.Se(セレン)原子はS(イオウ)原子やC(炭素原子)よりも大きく,分子軌道の重なりを大きくする効果があります.2個のTMTSF分子に対して1個の割合でAsF6-イオンがあるので,TMTSFは2分子で+1価の陽イオンになっています.これに対応して,伝導バンドは電子が3/4だけ詰まった状態になり,金属的な伝導が発現します.

 一方,b軸方向には,カラムが隣り合って並びTMTSF層を形成しています.カラム間にも分子軌道の小さい重なりがありますが,カラム内の重なりに比べて1/10程度だと考えられています.さらに,c軸方向を見ると,TMTSF層同士はAsF6層によって隔てられた,サンドイッチ構造になっています.つまり,TMTSFカラムに沿ったa軸方向は電気がよく流れますが,bc軸方向は電気抵抗が大きく,電気を流しにくくなっています.このような電気伝導体を擬一次元伝導体と呼びます.TTF-TCNQもTTFカラムとTCNQカラムがそれぞれ電気を流す擬一次元伝導体です.擬一次元伝導体はパイエルス不安定性により絶縁体になりやすいため,擬二次元伝導体の開発が進められました.その代表格が浦山(森)初果らによって報告されたκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2です.

κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の結晶構造 [8].


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 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2もドナー分子(BEDT-TTF)からなる伝導層と無機イオン(Cu+,NCS-)から成る絶縁層が交互に積層していますが,伝導層内のBEDT-TTF分子の配列がカラム構造ではありません.2分子のBEDT-TTFが平行に配置した二量体が向きを変えて市松模様のように並んでいます.このようなドナー配列をκ型と呼んでいます.κ型の配列では伝導層内のHOMO同士の重なりの偏りが少なく,電気伝導度の異方性も小さくなります.絶縁層に挟まれた方向の電気伝導度はやはり小さいので,このような物質は擬二次元伝導体と呼ばれます.この物質は有機超伝導体として初めて10 Kを超える転移温度を示したことで有名です.しかし,室温付近では電気抵抗の温度依存性は非金属的で,モット絶縁相と呼ばれる特殊な絶縁体の状態にあると考えられており,類似物質とともに非常に盛んに研究されてきました.

 以上,歴史的に有名な有機伝導体のごく一部を紹介しました.金属的な物質が絶縁体や超伝導体になる相転移には種類があり,これからも新物質の発見とともに新しい相転移が見つかると考えられています.そのような新現象を見つけて,その機構を解明することも私たちのグループの目的の一つです.

[1]  T. J. Kistenmacher at al., Acta Cryst. B 30 (1974) 763-768.
[2]  L. B. Coleman et al., Solid State Commun. 12 (1973) 1125-1132.
[3]  T. Ishiguro et al., J. Phys. Soc. Jpn. 48 (1980) 456-463.
[4]  D. Jérome et al., J. Phys. Lett.-Paris 41 (1980) L95-L98.
[5]  R. L. Greene and E. M. Engler, Phys. Rev. Lett. 45 (1980) 1587-1590.
[6]  K. Bechgaard et al., Phys. Rev. Lett. 46 (1981) 852-855.
[7]  F. Wudl, J. Am. Chem. Soc., 103 (1981) 7064-7069.
[8]  H. Urayama et al., Chem. Lett., 17 (1988) 55-58.

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