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2015年4月20日更新


【研究】-【相転移】


 氷の融解,水の沸騰,ドライアイス(二酸化炭素=CO2の結晶)の昇華など,相転移は身近なところで観察できます.ところで,とは何でしょうか? 「理化学辞典」(岩波書店)によれば,

「明確な物理的境界により他と区別される物質系の均一な部分」

を相と呼びます.確かに,水に浮かんだ氷を見ると,水と氷の間には境界が見えます.これは光の屈折率が氷と水で異なるためです.それだけでなく,氷が形を変えないのに対して水は流動性を持つ,氷の中では酸素原子と水素原子が規則正しく配列しているのに対して水の中では,水分子の位置も向きも乱雑であるなど,外見の他にも機械的性質構造といった「物理的」性質でも両者を区別することができます.この様に,均一な物質の物理的性質が,温度や圧力などの条件を変えることで不連続に変化するとき,これを相転移と呼びます.

 相転移には融解や沸騰以外にも様々な種類があります.水の相転移は見た目にもわかりやすいですが,固体(結晶)を構成する原子・分子や電子の状態に注目すると,ある温度を境に異なる「相」に相転移することが知られています.例えば,黄銅(真ちゅう)の秩序-無秩序転移や磁石の強磁性転移,そして超伝導体の超伝導転移などがあります.いくつかご紹介しましょう.

 五円硬貨やブラスバンドの楽器の材料として知られる黄銅はCu(銅)とZn(亜鉛)の合金です.黄銅におけるCuとZnの原子数の比は1:1とは限りませんが,これに近い組成ではCu原子(図中の黄土色)とZn原子(図中の薄紫)が交互に配列した塩化セシウム型構造をとり,β'(ベータ・プライム)相と呼ばれます[1].下の左側にβ相の結晶構造を示します.この状態から温度を上げていくと470℃でCu原子とZn原子の位置が無秩序に入れ替わったβ相に相転移します(右図).この変化はマクロな(普通に目で見た)外見からはわかりませんが,X線結晶構造解析を行うと格子の周期性の違いからβ相とβ'相を区別することができます.β'相は各原子位置をCu原子とZn原子が確率1/2で占めた均一な構造として観測されるのに対して,β相には超格子構造が観測されます[2].つまり,β相とβ'相は結晶構造を観測することで物理的に区別することが出来ます.これは原子の配列の秩序-無秩序転移の例です.

β'黄銅(秩序相)

β黄銅(無秩序相のイメージ)


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 次に常磁性-強磁性転移について紹介します.通常の物質は原子から構成され,原子は原子核と電子から構成されます.原子の質量は原子核に集中していますので,物質の質量のほとんどは原子核の質量です.しかし,物質の性質には電子が大きく関係しています.電子は負の電荷を持つ素粒子ですが,同時にミクロな棒磁石としての性質も持ちます.これをスピンと呼びます.ところで,原子や電子などのnm(ナノメートル=10-9m)程度やもっと小さいスケールのミクロの世界では,粒子のエネルギーや運動量などが離散的な値しかとれなくなります.このミクロな世界を支配しているのが量子力学の法則です.電子はミクロな磁石ですが,この磁石=スピンの向きも離散的になり,単一の電子の場合は,便宜的に「上向き」と「下向き」と呼ぶ2種類の向きしかありません.これは方位磁石などのマクロな棒磁石がくるくる回るのと全く異なり,いわば南北しか向けないデジタルな磁石です.

 固体の中には多くの電子がありますが,多くの場合上向きスピンの電子と下向きスピンの電子の数は同じです.したがって,全体としては磁石になりません.銅やアルミニウムなどの金属が磁石にくっつかないのはこのためです.この状態を常磁性と呼びます.しかし,鉄やニッケルなどの金属やその酸化物などでは,いくつかの原因によって上向きスピンと下向きスピンの数が大きく異なるため,固体全体として永久磁石の性質を持ちます.この状態を強磁性と呼びます.鉄くぎはお互いに引き合わず,一見磁石にはなっていませんが,強い磁石を使って磁化することができます.これはもともと鉄が永久磁石の性質をもっているためです.

 しかし,「永久」磁石とは言っても,高温にするとある温度で磁石ではなくなります.これが強磁性-常磁性転移です.この温度は,鉄では約770℃,ニッケルでは350℃です.身近な磁石としてよく使われるフェライト磁石(主成分酸化鉄)では混合する鉄以外の金属によって約300℃から600℃といわれています.以下は,ラジオペンチについたフェライト磁石が,加熱することで磁石ではなくなって落下する動画です.

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 さて,氷の融解は融点の0℃で,水の沸騰は沸点の100℃で起きると決まっていますが,これはあくまでも大気圧が1気圧の場合のことで,圧力が高い条件では融点は低くなりますし,沸点は高くなります.つまり,相転移の温度(転移温度)は圧力によって変化します.これをグラフに整理したのが温度-圧力相図です.以下に,水の温度-圧力相図を示します.

水の温度-圧力相図

 水は臨界点(374℃,218気圧)以上の温度・圧力では,液体と気体の境界(界面)が消失し超臨界流体という状態になります.このとき気体と液体の区別がなくなります.したがって,右下の気体の領域から温度と圧力を適当に変えて超臨界流体の領域を通って,相転移を起こさずに液体の領域に到達することも可能です.また,水の相図には三重点(0.01℃,0.006気圧)という興味深い「点」も存在します.この温度,圧力でのみ,固体,液体,気体の水が熱平衡状態として安定に共存することができます.以上が,一般的によく知られた水の相図です.さらに,この温度-圧力相図の領域の外,特に高圧力領域には興味深い固体間の相転移の世界が広がっています[3].

 固体の相転移は多彩です.その花形が超伝導転移です.金属や半導体などの電気を流す物質を電気伝導体と呼びます.電気伝導体に電流Iを流すには,電圧Vを印加する必要があります.通常は電圧を2倍にすると電流も2倍になる,というように電圧と電流は比例関係にあります.これがよく知られたオームの法則V = R Iで,比例係数Rが電気抵抗です.電気抵抗の原因は,電流の担い手である自由電子が,固体を構成する原子の振動(格子振動)や,原子の並び方の不規則性(欠陥)によって散乱されることです.低温にすると格子振動が不活発になるので,電気をよく伝える銀や銅などの金属の電気抵抗は低温ほど小さくなりますが,これまでに達成された低温の限界においても電気抵抗はゼロにはなりません.しかし,金属の中には水銀,スズ,鉛などある温度以下で電気抵抗がゼロになるものが見つかっています.これが超伝導で,電気抵抗がゼロになる温度を超伝導転移温度(Tc)といいます.超伝導との対比で有限の電気抵抗がある状態を常伝導といいます.

超伝導体の電気抵抗の温度依存性の模式図.
十分強い磁場中では超伝導転移が起こらず,0 Kでも有限の電気抵抗が残る.

 超伝導転移は合金や,金属酸化物,グラファイト層間化合物(黒鉛にアルカリ金属などをドープした物質),有機伝導体など,多くの物質で起こる,普遍的な現象であることが知られています.超伝導になる物質を超伝導体と呼びます.超伝導体のTcは,100年をかけて次第に高いものが発見され,現在ではHgBa2Ca2Cu3O8という物質が,これまでで最高のTc = 135 Kを示し,さらに圧力下では153 K (-120℃)までTcが上昇することがわかっています[4,5].

 超伝導は電気抵抗ゼロの状態ですが,超伝導状態の物質には磁場(磁束)が侵入できないという著しい特徴があります.この現象はマイスナー効果といいます.

マイスナー効果(中央の図の状態).
 常伝導状態では磁束は内部に侵入できますが(上図左),超伝導状態では超伝導体が磁束を押し出します(中央).このとき超伝導体のエネルギーが磁場に応じて増加しますので,ある強さの磁場(臨界磁場Hc)以上では,超伝導相が壊れて常伝導相に相転移します.Hcは温度によって変化します.この様子を磁場と温度のグラフで表したものが,温度ー磁場相図です.

超伝導の温度-磁場相図.

 超伝導は磁場の影響も受けますが,他の相転移と同様に,一般的には圧力の影響も受けますので,温度-磁場-圧力相図といったものも,実験さえすれば描くことができます.超伝導転移の他にも,電気伝導体の中では,伝導電子と(陽イオンからなる)格子の電気的相互作用や,伝導電子同士の相互作用,伝導電子と局在した電子のスピンとの相互作用などの様々な条件が関係することで,金属の自由電子が新しい秩序状態に相転移することが明らかとなってきました.従来から知られている物質でも,温度,圧力,磁場などの外部の条件を変化させることで,これからも新しい相転移が見つかると考えられています.そのような新現象を見つけて,その機構を解明することも私たちのグループの目的の一つです.

[1]  H. Amar et al., Phys. Rev. 148 (1966) 672-680.
[2]  F. W. Jones and C. Sykes, Proc. R. Soc. Lond. A. 161 (1937) 440-446.
[3]  "Water Phase Diagram" in the web site "Water Structure and Science" by Martin Chaplin at London South Bank University.
[4]  C. W. Chu, L. Gao, F. Chen. Z. J. Huang, R. L. Meng and Y. Y. Xue, Nature 365 (1993) 323-325.
[5]  N. Takeshita, A. Yamamoto, A. Iyo and H. Eisaki, J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 023711/1-4.

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