2018年2月10日更新

【自己紹介】-【おすすめクラシック】-【ピアノ協奏曲】


 ピアノで出せる音域はオーケストラの全楽器を合わせたそれに匹敵し,音量や同時に出せる音の数も多いので,オーケストラとソロ楽器が掛け合いを演じる協奏曲というジャンルの中で,ピアノ協奏曲は最も層が厚く,多数の名曲があります.

モーツァルト,ヴォルフガング・アマデウス
(1756–1791,オーストリア)

 モーツァルトは通し番号がついているだけで27曲のピアノ協奏曲を残しており,特に20,21,23,24,26,27番は人気があります.これらは主としてモーツァルトがピアニスト兼指揮者として演奏するために作曲されました.残念ながら曲によってはピアノパートが一部欠けているものがあります.これは,モーツァルトの頭の中で作曲は終わっていても,演奏会まで時間がなく,自分が演奏するピアノパートを譜面にする時間が足りなかったためのようです.さらに,曲は一度演奏したら用済みのことが多かった時代なので,演奏会が終わってから清書する手間もかけなかったのかもしれません.また,モーツァルトの時代のピアノは未完成で音域が狭く,響きも華やかではなかったので,後の作曲家に比してハンディキャップがあるようにも感じます.しかし,一聴しただけで心に残る親しみやすさと,飽きの来ない深みを併せ持つ奇跡のような曲想は,作曲から200年以上たった今でも独自の輝きを放っていると思います.

◎ ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491
  私の最も好きな曲です.初めは20番の方が好きだったのですが,何年か聴いているうちに24番の方が飽きが来ないことに気づきました.世間の評価でも24番は23番と共に全27曲中の双璧と言われています.同じ短調で暗い20番が終曲で唐突に明るく終わってしまうのに対して,24番は迫力の第1楽章,語りかけるような第2楽章,めくるめく変奏曲の第3楽章まで,終始期待を裏切らない短調の世界を堪能させてくれます.
 協奏曲では,途中でオーケストラが解決感を持たずに途切れてから,続きを再開するまでの空白の数分間に,ソリストが名人芸を披露する独奏タイムが入ることがよくあります.これをカデンツァといいます.残念ながらモーツァルトによる24番の第1楽章と第3楽章のカデンツァは残されていません.そこでこの部分はフンメルなど後世の作曲家が作曲したものや,現代のピアニストが自分で作ったものが代用されます.
 また,第2楽章はピアニストによっては弾いていて物足りなくなるらしく,ピアノの音が少ない箇所に独自に装飾音を入れて演奏するケースが多数あります.これはベートーヴェン以降の作曲家のしっかりと譜面が完成している曲の場合はありえない行為ですが,モーツァルトの場合は「遊び心」や「芸術性」という名目で許容する人もいるようです.
 そんなこんなで,24番はピアニストによって演奏が大分異なってくることになります.本当はモーツァルトのオリジナルを聴きたいところですが,様々なパターンの演奏を聴き比べるのもまた一興です.以下,CDを買った順に感想を記します.
 ところで,モーツァルトのピアノ協奏曲の録音場所としてロンドンは飛び抜けて多いです.私の持っている以下のCDでは1/3がロンドンです.モーツァルトは生前からロンドンで人気だったそうで,それが今も変わらないのでしょう.マリナーやデイヴィスといったイギリスの指揮者がモーツァルトを得意とするのも無関係ではないと思います.

1 ピアノ Alfred Brendel
 指揮 Neville Marriner
 オーケストラ Academy of St. Martin-in-the-Fields
 カデンツァ Alfred Brendel
 録音 1973,London,29分36秒
 ブレンデル(オーストリア)のピアノと,モーツァルト演奏で名高いマリナ-(イギリス)指揮のアカデミー室内管弦楽団の組み合わせです.CDは20番とのカップリングです.この曲の初めて買ったCDで一番長く聴いているせいか,今でもこの演奏がスタンダードです.正に男性的な力強い演奏で,この曲の雰囲気によく合っていると思います.ブレンデルのカデンツァもダイナミックで,ヴィルトゥオーソの王道を行っていると思います.いろいろな人がカデンツァを作っていますが,華やかさとノリの良さはこれが一番です.ピアノのリズム感やオケとの掛け合いも秀逸です.オケの音色もよく,ピアノと共に曲全体にわたって楽しめます.ブレンデルは1998年にも録音していますが,私はこちらの演奏の方が好きです.文句のつけようのない名演だと思います.

2 ピアノ・指揮 Vladimir Ashkenazy
 オーケストラ Philharmonia Orchestra
 カデンツァ Vladimir Ashkenazy
 録音 1979,London,32分17秒
 ピアノ協奏曲全集の中の1曲です.弾き振りです.ゆっくりめの繊細な演奏で若い頃はあまり好きではありませんでしたが,だんだん味わいがわかってきました.ピアノや管楽器の高音がきれいで印象に残ります.

3 ピアノ Clifford Crzon
 指揮 Istvan Kertesz
 オーケストラ London Symphony Orchestra
 カデンツァ 第1楽章 Flothuis, Marius,第3楽章 Szell, George
 録音 1968,London,29分42秒
 サー・クリフォード・カーゾン(イギリス)が弾いています.「サー」はイギリスのナイトの称号です.サー・コリン・デイヴィスやサー・ネヴィル・マリナーなどナイトに叙せられる指揮者は複数いますが,ピアニストとしては初めてだったようです.さて,このCD購入当時はmp3プレーヤーどころかCD-Rもなく,23番と24番を合わせて聴きたくて買いました.この組み合わせは定番中の定番で数多く出ていますが,ケルテスが指揮した交響曲第40番が結構よかったので選びました.演奏時間も雰囲気もブレンデルの演奏に近く(こちらの方が先ですが),力強さと軽快さのバランスが良いと思います.カデンツァについてはブックレットに情報がありませんが,ネットで調べると第1楽章はマリウス・フロトホイスというオランダのモーツァルト研究家,第3楽章は指揮者のジョージ・セルと出てきます.どちらも他では聴いたことがありません.第1楽章の方は,オケの演奏を切れ目なく盛り上げたままつなぐ,自然で聴き応えのある曲になっています.

4 ピアノ Uchida, Mitsuko
 指揮 Jeffrey Tate
 オーケストラ English Chamber Orchestra
 カデンツァ Uchida, Mitsuko
 録音 1988,London,31分40秒
 内田光子(日本→イギリス)によるモーツァルトのピアノ・ソナタ全集を聴いたのがきっかけで,24番の演奏を聴きたくて20番とのカップリングのCDを買いました.その後23番も聴きたくなり,かぶるのは承知で23番と24番のカップリングのCDも買いました.Brendelの演奏とは対極の内向的な演奏で,ピアノの一音一音が硬質な響きできれいです.特に第2楽章は27番のような枯れた哀愁を漂わせています.第1楽章のカデンツァは高音域から駆け下ってくる冒頭がユニークです.ちなみに内田はイギリス籍で,男性のナイトに相当するデイムの称号を得ています.

5 ピアノ・指揮 Daniel Barenboim
 オーケストラ Berliner Philharmoniker
 カデンツァ Daniel Barenboim
 録音 1988,Berlin,32分01秒
 バレンボイム(アルゼンチン→イスラエル)は1973年にも録音していてそちらの方が有名なようですが,こちらはデジタル録音の新しい方で,後期(20–27番)の全集です.ベルリンフィルを弾き振りしています.さすがにオケに厚みがあり録音もきれいです.ブレンデルのようなダイナミックな感じでも,アシュケナージのような繊細な感じでもなく,バレンボイム自身のカデンツァも含めてロマンティックな演奏だと思います.第2楽章では若干装飾音を入れていますが,さりげなく上品です.

6 ピアノ Ingrid Haebler
 指揮 Colin Davis
 オーケストラ London Symphony Orchestra
 カデンツァ Ingrid Haebler
 録音 1966,場所不明(London?),29分39秒
 モーツァルトは2曲のピアノ四重奏曲を残しています.ト短調の第1番,変ホ長調の第2番共に中期の佳曲です.ヘブラー(オーストリア)がピアノを担当しているCDを聴いていて,ふとヘブラー演奏のピアノ協奏曲第24番も聴きたくなって購入しました.23番とのカップリングです.半世紀前の演奏ですので,同じく女性ピアニストである内田とは対照的にまろやかな響きです.ヘブラーのカデンツァは強烈な印象は与えませんが,一聴に値する美しい上品な出来だと思います.オケではなぜかオーボエが目立っています.

7 ピアノ Gould, Glenn
 指揮 Susskind, Walter
 オーケストラ CBC Symphony Orchestra
 カデンツァ Gould, Glenn
 録音 1961, Tronto,31分55秒
 伝説のピアニスト グレン・グールド(カナダ)の録音の1つです.変わり者として知られ,モーツァルトはあまり好みではなかったようですが,今でも評価が高いピアニストです.個人的にはよくわかりませんが,少なくともこの録音に関しては,うわさに違わず聞き応えがあると感じました.緩急や強弱の付け方や,和音を若干分散させるような演奏がユニークなのでしょうか? 録音のせいなのか意識しているのかわかりませんが,第1楽章は左手が大きく聞こえる気がします.第2楽章は装飾音が目立ちますが,センスが良く違和感はありません.第3楽章ではピアノ独奏の部分は,オケとの掛け合いの部分よりもゆっくりと味わうように弾いている気がします.本人による第1楽章のカデンツァは,緊張感のある美しい響きが特徴です.

8 ピアノ de Larrocha, Alicia
 指揮 Davis, Colin
 オーケストラ English Chamber Orchestra
 カデンツァ Badura-Skoda, Paul
 録音 1991, England,31分29秒
 アルベニス(スペイン)という作曲家の「イベリア」というピアノ曲集がありますが,その演奏で右に出る者がないといわれるのがこのデ・ラローチャ(スペイン)です.どんなもんだろうと思って買ってみました.まず,特筆すべきは録音のよさでしょうか.イベリア(有名な3回目の録音)はこもった感じがして残念でしたが,このCDではピアノもオケも響きが美しいです.ピアノの残響がほどよく伸びて,独特の艶が感じられます.カデンツァはバドゥラ=スコダ(オーストリア)というピアニスト・音楽学者が作曲したもので,ダイナミックかつ華麗です.ピアニストの名人芸をアピールするのに適した秀逸なできだと思います.18世紀では不可能な,いかにも20世紀的な演奏ですが,きれいな24番を聴きたい人にはお勧めです.定番の23番とのカップリングです.

9 ピアノ・指揮 Barenboim, Daniel
 オーケストラ English Chamber Orchestra
 カデンツァ Barenboim, Daniel
 録音 1973,場所不明(おそらくLondon),32分14秒
 バレンボイムは1988年にベルリン・フィルを弾き振りしていますが,こちらは1973年にイギリス室内管弦楽団を弾き振りした録音です.新しい方がなんとなく物足りなかったので,有名な古い録音はどうだろうと思って買いました.本人が指揮しているだけあって,テンポは変わっていません.ピアノの音の強弱の差が大きく,繊細さと力強さの使い分けが感じられます.新旧どちらの録音もそれしか聴かなければ満足していたと思いますが,ブレンデル他の秀演を聴くと特徴に欠ける印象があります.裏を返せばバランス良くまとまった聞きやすい演奏だということでもあります.

10 ピアノ Tabe, Kyoko
 指揮 Lopez-Cobos, Jesús
 オーケストラ Orchestra de Chambre de Lausanne
 カデンツァ Tabe, Kyoko
 録音 1995, La Chaux-de-Fonds,30分38秒
 田部京子は吉松隆のプレイアデス舞曲集というピアノ曲集のCDで知ったピアニストです.この演奏は27–28歳の頃のもので,24番を録音したピアニスト達の中ではかなり若い方だと思いますが,完成度の高い演奏だと思います.ロペス=コボス(スペイン)指揮のローザンヌ室内管弦楽団と共にほどよいテンポです.カデンツァは田部自身の作です.静かに始まりますが途中から情熱的になります.名人芸を披露する華やかな箇所もあり,カデンツァの王道を行っています.クセがなく安心して聴ける演奏だと思います.珍しい9番とのカップリングです.

11 ピアノ Rubinstein, Artur
 指揮 Krips, Josef
 オーケストラ RCA Victor Symphony Orchestra
 カデンツァ Hummel, Johann Nepomuk
 録音 1959,場所不明,32分28秒
 1887年生まれのピアニスト,ルービンシュタイン(ポーランド)とRCAレコードの録音用交響楽団の演奏です.1959年の古い録音ですが一応ステレオなので聴きやすいです.このときルービンシュタインは71–72歳だったはずです.現代の80歳相当ではないかと思うのですが,ゆったりとした演奏ながら衰えを感じさせません.わずかですが装飾音を入れる余裕もあります.カデンツァは東欧つながりということでしょうか,ハンガリーの作曲家フンメルのものを使っています.出だしに低音から駆け上がった後,しばらくおとなしいですが,途中から盛り上がりそれ以降はかなり技巧的になるので聴き応えがあります.ギーゼキング(ドイツ)やヤンドー(ハンガリー)などもフンメルのカデンツァで演奏しており,よく使われるものの一つです.CDは23番とのカップリングですが,ロンド K511も収録されていてお得です.

12 ピアノ Bilson, Malcolm
 指揮 Gardiner, John Eliot
 オーケストラ The English Baroque Soloists
 カデンツァ Hummelの作をBilsonがアレンジ
 録音 1988,London,31分36秒
 5番以降を収録した古楽演奏のピアノ協奏曲集の1曲です.古楽演奏とは,バロックや古典派の作品を発表当時(と同様)の楽器と演奏様式を再現しようというもので,確か1980--90年代に流行していました.ビルソン(アメリカ)はモーツァルトの他にシューベルトの録音もしているようです.指揮者のガーディナー(イギリス)は,個人的には宗教曲のCDでよく目にします.ピアノもモーツァルトの時代に即したフォルテピアノです.良くいえば素朴な音ですが,正直な感想を述べると音量が小さい上に艶がありません.フルートの方が良く通ってきれいなくらいです.演奏自体は美しいので,古楽演奏に興味がある人にはよいと思います.

13 ピアノ Shimizu, Kazune
 指揮 Mácal, Zdeněk
 オーケストラ Czech Philharmonic Orchestra
 カデンツァ Shimizu, Kazune
 録音 2007,Prague,31分35秒
 Amazon.co.jpで24番のCDを検索したら出てきました.日本人の男性ピアニストによるこの曲の演奏は聴いたことがなかったので,物珍しさから購入しました.非常にロマンティックな演奏だと思います.プラハの会場の特性でしょうか,ピアノもオケもほどよい残響で,24番としては珍しく夢見心地にさせてくれます.ピアノのタッチ,強弱のメリハリ,タイミング,いずれもセンスの良い理想的な演奏の一つだと思います.清水和音自身の第1楽章のカデンツァは,低音でピアノパートの主題を弾きながら高音で速いリズムの演奏するところなどとても面白く,高いオリジナリティが感じられます.演奏時間も中庸でバランスが取れています.23番とのカップリングのSACDです.もったいないことにすでに廃盤ですが,中古とmp3ファイルで入手可能です.非常にお勧めです.

14 ピアノ Casadesus, Robert
 指揮 Szell, George
 オーケストラ Members of the Cleveland Orchestra
 カデンツァ Saint-Saens, Camille
 録音 1961,Cleveland,29分36秒
 カサドシュ(フランス)という1899年生まれのピアニストの録音です.梅田の阪神百貨店でやっていた中古CDセールでたまたま見かけて買いましたが,掘り出し物でした.カサドシュは交響曲を7曲も書いた作曲家でもあったそうですから,自分でカデンツァを作っても良さそうなものですが,フランスの大先輩作曲家サン=サーンスのカデンツァを使っています.サン=サーンスもやはりピアニストで,ピアノ協奏曲を5曲書いています.それらの雰囲気がモーツァルトによく似ていて大変楽しく,私はよく聞きます.そんな作曲家のカデンツァだけあって,堂々かつ名人芸を発揮するもにのなっていると思います.演奏時間もブレンデルと並んで最短で,小気味よいテンポで流麗に弾いています.珍しい21番とのカップリングです.

15 ピアノ Haskil, Clara
 指揮 Markevitch, Igor
 オーケストラ Orchestre Lamoureux
 カデンツァ Haskil and Magaloff, Nikita
 録音 1960,Paris,29分24秒
 ハスキル(ルーマニア)はモーツァルト弾きとして有名だったそうで,若い頃に読んだCDの解説本によく名前が出てきました.1895年生まれで録音当時は64–65歳ですが,全体的に速いテンポで弾いています.昔の調律のためか,録音が古いためかよくわかりませんが,枯れた印象の演奏です.あくまで主観ですが,特に第2楽章はピアノ協奏曲第27番やクラリネット協奏曲に通じる,寂しさや人生への諦念を思い起こさせる響きがあるように思えます.だからダメというのではなく,これがハスキル独特の味わいになっていてなかなか楽しめます.一方でオケは,第1楽章では厳しさを前面に出した演奏で,特にティンパニが堅く強いのが印象的です.カデンツァはニキタ・マガロフ(男性です)というロシア出身の往年(といってもハスキルよりは年下)のピアニストによるものをハスキルがアレンジしたようで,他では聴いたことがありません.マガロフはショパンやリストが得意だったそうで,第1楽章のカデンツァも右手と左手が掛け合う技巧的なものになっています.同じ短調の20番とのカップリングです.

16 ピアノ Serkin, Rudolf
 指揮 Abbado, Claudio
 オーケストラ London Symphony Orchestra
 カデンツァ 
 録音 1987,London,32分28秒
 ピアニスト(ボヘミア/チェコ→アメリカ)のゼルキン親子の,こちらは父親ルドルフです.ベルリンフィルの芸術監督になる前のアバド(イタリア)が率いていたロンドン交響楽団との共演です.録音はいいです.オケもきれいです.ピアノの響きもよいのですが,ゼルキンのタッチが独特です.一音一音噛みしめて味わっているように聞こえます.特に速い第1楽章や第3楽章で気になります.また,第1楽章のピアノパートの主題は,16分音符と付点二分音符で「ソ<ソ(高いソ)」,とか「ラ<ラ」などと始まるのですが,多くのピアニストがここで16分音符をわずかに長めに引っ張って弾くのに対して,ゼルキンは楽譜通りに16分音符を短く弾いています.大事な部分なので好みの分かれるところだと思います.私はブレンデルで慣れてしまったので違和感があります.とはいえ,ゼルキンは1903年生まれで,このとき83–84歳ですから,これだけ弾けるのがむしろ驚きです.ゼルキンのカデンツァ,23番とのカップリングです.

17 ピアノ Fischer, Annie
 指揮 Kurtz, Efrem
 オーケストラ New Philharmonia Orchestra
 カデンツァ Hummel, Johann Nepomuk
 録音 1966,London,31分05秒
 ピアニストのフィッシャーには,1886年生まれのエトヴィン・フィッシャー(スイス)という人もいましたが,この演奏は1914年生まれのアニー・フィッシャー(ハンガリー)という女性ピアニストです.関連はないようです.今でも評価が高いようなので聴いてみました.第1,3楽章は速めのテンポで力強く弾いている印象で,初めは男性かと思いました.第2楽章は楽譜を正確に淡々と弾いている感じです.残念ながらマイクがピアノに近すぎるようで,全般的にピアノの音が大きいです.管楽器と音が重なるところでは,ピアノの音に管楽器が隠れてしまいます.演奏と共に録音の技術がいかに大事かわかる1枚です.カデンツァはハンガリーつながりなのか,フンメルのものを使用しています.20,21,22,23,27にこの曲を加えた3枚組です.

18 ピアノ Brendel, Alfred
 指揮 Mackerras, Charles
 オーケストラ Scottish Chamber Orchestra
 カデンツァ Brendel, Alfred
 録音 1998,Edinburgh,29分40秒
 ブレンデル(オーストリア)の1998年の録音です.1973年の録音で満足していたのでノーチェックでした.新しい方の存在を知ったのは2015年です.演奏時間はどちらも同じでテンポが速いのは変わっていません.こちらの録音の方が,角がとれて流麗さが増していますが,反面力強さや勢いが不足しているように思えます.また,第2楽章に以前はほとんどなかった装飾音をそこそこ入れており,個人的には気になります.オケも1973年のマリナー版の方が完成度が高い気がします.スコットランド室内管弦楽団の第3楽章のホルンの音がちょっと荒く感じるのは先入観ゆえでしょうか.全般的に響きや録音はきれいですので,こちらしか知らなかったら大満足だったのだろうとは思います.20番とのカップリングです.

19 ピアノ Kempff, Wilhelm
 指揮 Leitner, Ferdinand
 オーケストラ Bamberger Symphoniker
 カデンツァ Kempff, Wilhelm
 録音 1960,Hamburg,30分43秒
 1960年の古い録音ですが,原盤の状態が良くリマスタリングも優れているためか,非常に瑞々しい音がします.ライトナー(ドイツ)指揮のバンベルク交響楽団の珍しい演奏ですが,第3楽章の管楽器は,鳥がコーラスをしているようで,伸びやかな高音が心地よいです.ケンプ(ドイツ)は1895年生まれだそうですから,このとき64–65歳と決して若くはありませんが,コロコロとしたいわゆる粒ぞろいのよい音で楽しげに演奏している印象です.不思議と明るい雰囲気の24番だと思います.緩急や強弱の付け方も巧みで,何というか哲学が感じられます.ベートーヴェンの演奏で有名なのもうなずけます.ケンプは作曲もしたようで,本人作のカデンツァも聴き応えがあります.第1楽章はオケの主題も引用している珍しいものです(他にも例はありますが).しかし,特筆すべきは第3楽章の長さでしょうか.他の人の場合は大抵非常に短くてあっさりしているのですが,ケンプは第1楽章並みにたっぷり弾いています.私の持っているCDは定番の23番と共に8番が収録されていてお得です.廉価で入手できるお勧めな演奏です.

20 ピアノ・指揮 Pletnev, Mikhail
 オーケストラ Deutsche Kammerphilharmonie
 カデンツァ Pletnev, Mikhail
 録音 1991,Wiesbaden,31分00秒
 プレトニョフ(ロシア)の弾き振りです.録音もたくさんあり名前も聞いたことがありましたが,個人的には演奏は聴いた覚えがないので試しに聴いてみました.キーシン(ロシア)もそうなのですが,強弱の付け方が極端で,弱いところはかなり優しく繊細に弾いています.最近のロシアの流行というわけでもないでしょうが,あまり好みではありません.もっとも,弾き振りなので,オケとピアノがかけ合う部分ではお互いにバランス良く鳴らしています.陰があるもののきれいな演奏だと思います.本人による第1楽章のカデンツァも不気味な感じで始まりますが,途中から華やかになる独特の雰囲気があります.私のCDは23番とのカップリングです.

21 ピアノ Goode, Richard
 オーケストラ Orpheus Chamber Orchestra
 カデンツァ Badura-Skoda, Paul
 録音 1997,New York,30分38秒
 グード(アメリカ)の比較的新しい録音です.CDのカバーや解説に指揮者の記載がなかったので弾き振りかと思いましたが,オルフェウス室内管弦楽団(アメリカ)は指揮者をおかないそうなので,ピアニストとオケが息を合わせて演奏している感じなのでしょうか.録音は秀逸で非常に澄んだ音色です.「軽さが沈み,重さが浮かぶ」と形容されるモーツァルトの特徴を体現したような演奏で,明るい中に陰りが感じられます.これもある種の理想的な演奏だと思います.カデンツァはバドゥラ=スコダ(オーストリア)というピアニストのもので,ラ・ローチャもこれを使っています.本人の演奏もあります.第1楽章のカデンツァはオケの主題を引用して始まります.個人的には盛り上がりに欠けたまま終わり物足りない印象です.23番とのカップリングです.

22 ピアノ・指揮 Uchida, Mitsuko
 オーケストラ The Cleveland Orchestra
 カデンツァ Uchida, Mitsuko
 録音 2008,Cleveland,32分56秒
 内田光子(イギリス)がクリーブランド管弦楽団(アメリカ)を弾き振りした新しい録音です.カップリングは23番でオーソドックスですが,24番が先になっているCDは他に知りません.このアルバムはグラミー賞を受賞しています.どんなもんだろうと思って聴いてみました.演奏時間32分56秒は私が知っている中では最長です.80代半ばのゼルキンによるゆっくりした演奏よりもさらに30秒も長いです.しかし,モーツァルト演奏のベテランだけあって,ゆっくり演奏していても音楽の流れは自然です.ただ,第3楽章のスタッカートの部分などは,音の間の切れ目がちょっと長くてドキッとします.グーデやプレトニョフ,バレンボイムなどの演奏はハイレベルなのですが,実はあまり特徴がないなとも思っています.一方でこの内田の演奏は枯れた独特の美を表現していて新しさを感じます.グラミー賞はアメリカの賞ですから,この曲にわびとさびの境地を持ち込んだことが評価されているのかも知れない,などと想像しました.カデンツァは1988年のテート指揮の演奏と同様内田本人のもので,ドラマティックかつきれいです.

23 ピアノ Gieseking, Walter
 指揮 von Karajan, Herbert
 オーケストラ The Philharmonia Orchestra
 カデンツァ Hummel, Johann Nepomuk
 録音 1953, London,31分44秒
 中村紘子著の「チャイコフスキー・コンクール」に,若かりし頃にギレリス(ソ連・ロシア)に憧れていたというくだりがあるのですが,時間がたってギーゼキング(ドイツ)に脳内変換してしまって購入したCDです.ギーゼキングは1895年生まれで,これは亡くなる3年前の録音です.私の所有CDでは最古(1953年)の録音で,モノラルです.聞きにくいので,PCに取り込んでSoundEngineというソフトで疑似ステレオ化し,さらにFabulousMP3で小さい隠れた音を大きくするなどの処理をしてから,CD-Rに焼き直したり,mp3ファイルにしたりして聴いています.肝心の演奏ですが,全体を合わせると中庸の録音時間ですが配分が独特です.第1,第3楽章は名人芸を披露するように,ちょっとせわしなく弾いています.一方で第2楽章は,他のピアニストと比べてもゆっくりな方ですが,なんとなく朴訥な印象を持ちました.カラヤン(ドイツ)指揮のフィルハーモニア管はそつなく合わせていると思います.カデンツァはフンメル作,23番とのカップリングです.

24 ピアノ・指揮 Pollini, Maurizio
 オーケストラ Wiener Philharmoniker
 カデンツァ Sciarrino, Salvatore
 録音 2007,Wien,30分23秒
 超絶技巧で知られるポリーニ(イタリア)がウィーンフィルを弾き振りしている,贅沢な演奏です.中古で値段が下がってきたので買いました.ちなみにカップリングは12番で珍しいです.23番にしておけばもっと売れたと思うのですが,こだわりがあるのでしょう.ポリーニは幅広い時代の曲の録音を残しているだけあって,モーツァルトに似合わない極端な強弱の変化や過剰な装飾音はありません.テンポも速めですが自然です.イタリアつながりでしょうか,カデンツァはシャリーノ(イタリア)作です.現代音楽の作曲家なので個人的にはちょっと実験的なものにして欲しかったところですが,古典派の協奏曲のカデンツァとして無難なものになっています.ただ,最初の方は三本の手で弾いているように聞こえるのは面白いです.また,ライブ録音の際の聴衆か,本人の声なのかわかりませんが,ヘッドフォンで聴いていると第3楽章で時折男性のつぶやきが聞こえてきて気になります.最後にブラヴォーと拍手もついてきますので,私はmp3ファイルではカットして聴いています.いろいろ文句はあるのですが,水準の高い演奏であることは間違いないでしょう.

25 ピアノ Heidsieck, Eric
 指揮 Graf, Hans
 オーケストラ Mozarteum Orchester Salzburg
 カデンツァ Heidsieck, Eric
 録音 1992,Salzburg,32分38秒
 ハイドシェック(フランス)が,グラーフ(オーストリア)率いるモーツァルテウム管弦楽団と共演した,個性的な演奏です.間が独特でピアノソロの出だしからこぶしが利いている感じです.また,第1楽章のカデンツァは,普通はオケが休止に入ってから弾き始めるのですが,ハイドシェックはオケの終わりの音にかぶせて弾き始める面白いアプローチをしており,これが結構成功していると思います.ピアノとオケの主題のアレンジも洒落ています.全般的に暖かみのある24番という印象です.万人向けではないと思いますが,24番が好きな方には一度聴いていただきたい演奏です.26番とのカップリングも珍しいです.

26 ピアノ Katsaris, Cyprien
 指揮 Lee, Yoon Kuk
 オーケストラ Saltzburger Kammerphilharmonie
 カデンツァ Katsaris, Cyprien
 録音 1997,Salzburg,30分22秒
 カツァリス(フランス)は,ベートーヴェンの交響曲をリストがピアノ独奏に編曲したものの全集録音で有名です.これが気に入ったので,試しに聴いてみました.18番との珍しいカップリングです.いずれもコンサートのライブ録音です.どうやらアンコールで披露したらしい,本人による別バージョンのカデンツァも前後のオケの演奏とともに収録されているという異色のCDです.演奏はかなりノリノリで,装飾音も多用されています.強弱のつけかたも個性があります.モーツァルトもかくやという印象ですが.正統派の楽譜通りに弾く演奏が好きな方には合わないかも知れません.本番用のカデンツァは華やかでサービス満点という感じです.高音の出だしで聴衆をつかみ,音階を上がったり下がったり,気合いが入っています.録音も悪くないですが,最後にブラヴォーと拍手が入っています.

27 ピアノ Moravec, Ivan
 指揮 Marriner, Neville
 オーケストラ Academy of St. Martin-in-the-Fields
 カデンツァ Fisher, Edwin (arranged by Moravec)
 録音 1995,London,31分12秒
 1930年生まれのピアニスト,モラヴェッツ(チェコ)とマリナー(イギリス)率いるアカデミー室内管弦楽団の共演です.モラヴェッツは男性らしい力強いタッチと弱音を使い分けて,独特の響きの24番にしています.個人的には第2楽章の美しさと,第3楽章の勢いのある演奏がよかったです.カデンツァはフィッシャー(スイス)作をモラヴェッツがアレンジしたものだそうで,第1楽章のは結構長いです.高音から印象的に始まり,徐々に盛り上がっていき,後半はピアノ技巧を誇示するように華やかです.オケは文句のつけようのない安定感です.25番とのカップリングです.

28 ピアノ Kissin, Evgeny
 指揮 Davis, Colin
 オーケストラ London Symphony Orchestra
 カデンツァ Kissin, Evgeny
 録音 2006,London,30分11秒
 キーシン(ロシア/イギリス/イスラエル)とデイヴィス(イギリス)指揮によるロンドン交響楽団の共演です.珍しいシューマンのピアノ協奏曲とのカップリングです.ロマン派の曲が得意なのでしょうか,モーツァルトもロマン派的に弾いているように思えます.ピアノ独奏の始まりの部分が異様に弱く,またEMIが録音を失敗したのかと疑ってしまいましたが,強いところは普通に聞こえます.キーシンの繊細な感覚による独特の表現なのでしょうが,古典派の曲には合わないように思います.再生環境と耳がチープなためかもしれませんが.ただし,不満はその辺だけで,エレガントな弾きっぷりは子供のときから一線で活躍している人だけあると思いました.オケも録音も良い感じで,ホールの響きをよく捉えていると思います.

29 ピアノ Jandó, Jenö
 指揮 Antal, Mátyás
 オーケストラ Concentus Hungaricus
 カデンツァ Hummel, Johann Nepomuk
 録音 1989,Budapest,29分02秒
 ヤンドー(ハンガリー)にピアノとアンタル(ハンガリー)指揮のケンツェントゥス・フンガリクスの演奏です.私が持っているCDの中で最も短い演奏時間の24番です.ブレンデルも短いですが,それよりも30秒以上短いです.第1楽章が特に短い印象です.とはいえ,せわしない感じはなく,男性的な強くてダイナミックな弾きっぷりです.第2,第3楽章はそれほど急いでいませんが,強めのタッチで軽快かつ美しく聴かせてくれます.なかなかすばらしい演奏ではないでしょうか? カデンツァはハンガリーつながりでしょうか,フンメルのものを使用しています.23番とのカップリングです.

30 ピアノ・指揮 Badura-Skoda, Paul
 オーケストラ Prague Chamber Orchestra
 カデンツァ Badura-Skoda, Paul
 録音 1971,Prague,29分04秒
 バドゥラ=スコダ(オーストリア)がプラハ室内管弦楽団を弾き振りした演奏です.上で紹介したヤンドーと並んで最短の演奏です.ただし,響きは全く異なり,こちらはオケ特にオーボエなどの管楽器が素朴な感じがします.パデゥラ=スコダは古典派等の解釈に優れた人らしく,速い演奏のでも当然上滑りはせず力強く軽快に弾いています.カデンツァは古典派の雰囲気に合いつつも,オケのゆったりした主旋律を低音(左手)で奏で,右手の高音で速い伴奏をするといった,正に名人芸披露といった趣で飽きさせません.ラ・ローチャやグードが使っているのもうなずけます.大きいオーケストラでは味わえない,コンパクトにまとまったキビキビした演奏が好みの方には特にお勧めです.21番とのカップリングです.

31 ピアノ  Nakaura, Hiroko
 指揮 Iimori, Noricika
 オーケストラ Tokyo Symphony Orchestra
 カデンツァ 
 録音 2016,川崎/八王子,30分55秒/31分34秒
 中村紘子(日本)が亡くなる数か月前に,飯森範親(日本)指揮の東京交響楽団と異なる2会場で共演した際のライブ録音です.世にも珍しい24番と24番のカップリング(2種類収録)です.20番か23番と合わせておけばもっと売れるのにと思いますが.体調に余裕がなかったのか,本人が24番が気に入っていたのか,できのよい方の録音と他の曲のカップリングを計画していたのか,単に最後の録音を合わせただけなのか,いろいろ想像してしまいます.同じオケとピアニストが同じ時期に演奏したのですから,基本的にはよく似た演奏です.しかし,会場とピアノが異なるので,わかって買えば損をした感じはありません.いずれもややゆっくりめの演奏で,ショパンを得意とした中村らしく,同じようなフレーズも強弱を大きく変化させて情感豊かに演奏しています.個人的には八王子の会場の方が残響が長めできれいだと思いました.カデンツァはどちらの録音もほぼ一緒に聞こえます.低音がよく活躍し,秘めた情念のようなものが感じられます.それぞれに拍手とブラボーがついています.

32 ピアノ Shiraga, Fumiko
 フルート Wiese, Henrik,ヴァイオリン Clemente, Peter,チェロ Bényi, Tibor
 カデンツァ Hummel, Johann Nepomuk
 録音 2004,München,31分14秒
 フンメル(ハンガリー)による編曲版です.フンメルは子供のときにモーツァルトに弟子入りしていたそうで,この人のカデンツァが多用されているのもうなずけます.ブックレットによると,フンメルは出版を目的とした依頼に応えてモーツァルトの7つのピアノ協奏曲を,オーケストラのない環境でも楽しめるように編曲したようです.当時はレコードはおろかラジオさえありませんので,オーケストラもない地方や個人の集まりで有名な曲を演奏するために,このような編曲の需要があったそうです.リストによるベートーヴェンの交響曲の編曲も同様でしょう.このような経緯だけでもこのCDは興味深いのですが,それにも増して白神典子(日本→ドイツ)の演奏が素晴らしいと思います.第1楽章冒頭からいきなりピアノが始まるのは,本来オーケストラが担う部分をピアノも担当しているからです.したがって,「普通に」ピアノ協奏曲を演奏するよりもピアニストの活躍が増えます.これもブックレットによりますが,当時の習慣として装飾音や原曲の多少の改変は当たり前だったそうです.この編曲でも原曲のピアノパートに対して,華やかさを増すための装飾音の追加や,あったはずの音がないなど非常に多くの改変が見られます.特に原曲の音を1オクターブ高く移したフレーズが特徴的です.しかし,曲全体としての構成は保たれており,雰囲気として9割は残っている感じです.白神の演奏は解釈と技術が高度で,聴いていて非常に爽快です.是非ともこの人の「普通の」協奏曲の演奏を聴いてみたいものです.フルートの活躍も大きいです.2台のピアノための協奏曲(10番)の編曲版とのカップリングです.